新石川1丁目(昔)

昭和47年6月
山内小学校の前を流れる早渕川と、その周辺の三十八年前の様子です。
「中村」と呼ばれたこの地域は、文字通り石川村の行政・教育・商業の中心地で、農協や小学校だけでなく、様々な商店が集まっていました。
中央に停車しているトラックは早渕川の護岸工事の車です。その手前に出来たばかりの白いコンクリートの護岸が見えます。
昭和49年、やっと工事が完成した2ヵ月後に台風が襲いました。撮影された飯島さんの家は、当時、川のこちら岸にありましたが、早渕川の氾濫によって写真手前の物置小屋だけでなく自動車やフェンスも濁流に流されてしまったそうです。
撮影された飯島さんの家は、当時、川のこちら岸にありましたが、早渕川の氾濫によって、写真手前の物置小屋だけでなく自動車やフェンスも濁流に流されてしまったそうです。
この写真の五年後、山内地区センターと山内図書館がオープン。そして、東急田園都市線・あざみ野駅が開業しました。「新石川1〜4丁目」の町名が誕生したのは、さらに二年後の昭和54年です。
写真提供 あざみ野 飯島一世さん
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