川和町(昔)

昭和43年8月
川和高校から「横浜・上麻生線」に下るバス通りです。奥の高台が都筑ヶ丘幼稚園。その右手が都筑ヶ丘住宅。その奥が川和高校です。
開発前はほとんどが山でした。下水道が通っていなかった頃は、大雨が降るたびに、この砂利道の長い坂は川になりました。あまりの流れの速さに、ランドセルを背負った女の子が流されしまったこともあったそうです。
現在この一画は、飲食店や酒屋さん、美容院や電気屋さんが軒を連ねる商店街となっています。この道の北側には、荏田から川和宿に抜ける鎌倉街道が通っていました。地元では「上サ」と書いて「カサ」と呼ばれています。
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