荏田町(昔)

昭和40年代中頃
中央の校舎は、山内小学校の第二分校(荏田分校)。
昭和48年7月に荏田小学校が出来るまで、子供たちはここで学んでいました。 昭和20年代は、川(早渕川)に並行して校舎が建っていたそうです。現在その場所には『荏田地域ケアプラザ』が建っています。
写真右上、早渕川と布川の合流点右側が大山街道の荏田宿入口になります。この頃のバス通りは、荏田小机停車場線と呼ばれ、荏田宿を通っていました。 カーブの右側の大きな屋根が現金屋さん(現在JA横浜荏田支店。当時の農協は、橋の手前の長細い建物)、現金屋さんの斜め手前に郵便局、隣(下)の小松屋さん(玩具・小間物店)には大きな一里榎が立っていました。
現在のバス通りは、まだ舗装もされていません。
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