歌・音楽にまつわる思い出
◎『楽器に貴賎なし』
高校の音楽のテスト。何の楽器で演奏してもよいというテストで、ある男子学生はエレキギターを思いっきり弾き、クラシック一辺倒の先生の驚きの顔というか、苦虫をかみつぶした顔を、今でも忘れません。
荏田西 Iさん 女 47才
◎『そこを習いたい』
ピアノを習い始めてもう四年、いまだに何一つ弾けないとは! 先生の「一日一時間は練習するように」を守れないからでしょうが、どうしたら守れるのだろう??
美しが丘西 Sさん 男 74才
◎『修正できず』
その昔、若かりし頃、カラオケで「水色の雨」を歌って、しょっぱな歌い出しで音をはずしてしまい、結局最後まではずしたままで終わってしまい大恥をかいてしまいました。
荏田東 Yさん 女 52才
◎『ファミレスのエンターテイナー』
五歳の息子のオリジナルソングは、突然始まり突然終わります。先日外食中に、頼んだ物がなかなか来ないので歌い始めました。「「○○くん(自分の名前)のゴハンが〜、なっかなか〜、こない〜!!」振り付きです。前の席の人の背中が小刻みに震えていました。楽しんでいただけたようです。
あざみ野 Mさん 女 ?才
◎『覚醒』
今まで全く音楽を聴いたり音楽について話したりしたことのなかった夫が、リタイヤした途端、何を思ったかクラシックに目覚め、音楽会に行ったりCDを聴いたりし始めました。それだけならいいのですがTVのクラシック番組を片っぱしから見るので、おかげで私の見たい番組は全く見ることできず、ストレスが溜まる一方です。
鴨志田町 Fさん 女 62才
◎『余得もある』
私はミスターチルドレンのファンです。昨年はコンサートツアーが春と秋に2回あり、2回とも行きました。秋は福岡まで行き、コンサートだけでなくもつ鍋や博多ラーメンも堪能してきました。
あざみ野南 Kさん 男 36才
◎『早くよくなってね』
わが家の次女が二歳の時、サザエさんの歌「陽気〜な、サザ〜エさん」を「病気〜な、サザ〜エさん」と歌っていましたが、あれから二年たっても、まだサザエさんの病気は治ってないようです(笑)。
千草台 Kさん 女 36才
◎『選曲の理由』
担任の先生の結婚式に呼ばれたので、出し物としてクラス全員で歌を歌うことになった。ビートルズや合唱コンクールの時の歌など、幾つか候補があったが、3年B組だからという安直にして明快な理由で海援隊の『贈る言葉』に決定。出し物自体の時間が短いからと、1番しか覚えてこなかったら、先生が感動したため(?)全部歌うはめに。内心焦りつつ、皆でスクラム組んで2番以降はハーモニーで対応。一応何とかなった…のかな?
柿の木台 Kさん 女 27才
◎『再認識』
六十歳を過ぎて北海道へ一人旅をして、夕方バスで富良野から札幌に向かった折り、バスのイヤホンから流れる演歌が、車窓の夕焼けの大地にマッチして、旅の感傷なのかメロディと歌詞が心にしみ、深く感動しました。それまで演歌をあまり聴きませんでしたが、日本の心を伝えてくれているようで、再認識しました。
藤が丘 Tさん 男 67才
◎『林間学校での発見』
小学校の林間学校での出来事。クラスで歌を歌うことになりました。練習では小さな声だった私。本番では頑張って、大きな声で歌いました。ところが周囲から冷たい視線が…。自分が音痴だと気づいた瞬間でした。
荏田東 Nさん 女 36才
◎『ありがとう』
一昨年、佐藤しのぶのオペラ鑑賞日に、明日にも命のないわが家の介護中の老犬を、意を決して動物病院に一日預ける時、床からちゃんと起き上がり、車の中でもニコニコしていて、鑑賞の同意を得ている気がして、犬の敏感さとすごく良かったオペラの感激とを、今も思い出すたび、亡き愛犬に感謝しています。
新石川 Mさん 男 62才
◎『また会う日まで』
父が亡くなる前のこと。体調を崩しているというので、心配して実家に見舞いに行った。バナナジュースを作ってあげて、一緒に飲んでいたら、父が讃美歌の一曲(405番)「また会う日まで」を歌ってくれた。思わず涙があふれ、洗面所に駆け込んだ。ロマンチストだった父らしい、別れの挨拶だったのだと思う。
荏田南 Sさん 女 65才
◎『青春の王道?』
高校の校歌・応援歌。当然今でも歌って踊れます。出身高校は地方の旧制中学由来のバンカラな校風。入学直後、応援団主催の1ヶ月弱にわたる厳しーい歌唱指導で、校歌、応援歌等十数曲と、ストーム踊りを喉と体に叩き込み(まれ?)ました。おかげで、学園祭では円陣ストームを踊り、恩師が亡くなった時は、逍遥歌でお見送りをし、卒業後は、同窓会でも、遠く離れた故郷に思いを馳せてストームを踊っていました(とっても、迷惑ですね)。 今年でちょうど高校三十年生。とっても良い思い出です。息子たちが小さいころは、ストーム踊りを踊ってみせてウケをとっていましたが、少し前からは白い目で見られてます…。君たちも、これからこういう馬鹿な青春を送るハズと信じてやまないのですが、都会の若者はちがうのかな?
市ヶ尾町 Mさん 男 50才
◎『葬られた出来事』
中学時代の市の合唱コンクール、合唱部がないため、音楽の先生からスカウトされた寄せ集めのグループでした。放課後、参加者の部活を邪魔しない範囲で毎日練習し、それなりにうまくなりました。しかし、誰も当日まで気づかなかった致命的な欠点がありました。コンクールは市のホールで行われましたが、観客の前で、教室より大きな場所で歌った経験がなかったのです。当日は、舞い上がってしまい、音楽の先生のピアノとわれわれの歌とが合っていないのは解ったのですが、生じたズレの解消方法は教わっていませんでした。歌った曲名は全く思い出せません。卒業時の中学生活の思い出を振り返る学校企画で、合唱コンクールが言及されることはありませんでした。集団で暴走したときの怖さと、個人の無力さだけが記憶に残っています。
鴨志田町 Kさん 男 54才
◎『即興チビッコ舞踊団』
二歳半の娘、音楽に合わせて踊るのが大好き。先日ショッピングセンターのランドセルコーナーで「ラララ、ランドセルは〜♪」とCMでおなじみの音楽が流れ出すと、早速踊り始めました。少し離れて見ていると、同じ年頃の子どもたちが続々と集まり、気づけば4〜5人で歌い踊っていました。みんなも大好きなのね。
美しが丘 Kさん 女 50才
◎『独唱できない校歌って…』
小学校時代、音楽クラブに在籍していました。当時全校生徒の前で校歌を歌う機会があり、低い声の私は低音パート(チャゲアスでいえばチャゲ)でした。そのせいか、今でも校歌というと主旋律が出てこず…、誰か一緒にハモって!
桜台 Hさん 女 37才
◎『それはないよね』
歌は好きだけど超のつく音痴。小学校の合唱で大声で気持ちよく歌っていたら、周囲を引きずり込んで音を乱していたらしく、先生に「口を開けてもいいけど、歌わないで」とお願いされた。トホホな思い出です。
あざみ野 Wさん 男 49才
◎『幸せのステージ』
わが家には三人の子どもがおりますが、一人が歌いだせばもう一人が歌いだし、そして一番末っ子の1歳の子は踊りだします。毎日の何気ないことですが、この瞬間がとても幸せに感じます☆。こたつの上のステージが子どもにとっての最高の場所です。もちろん私にとっても。
荏子田 Oさん 女 36才